『歩いて探る なかの学』実行委員会【地域活動】
                               


第4回「みんな」で地域をまなぶ交流イベント【歩いて探るなかの学】 中野坂上編〜幽玄を訪ね今昔を歩く〜

雨の中での旅立ちー更新中です。

2013年11月7日(木)第4回「歩いて探るなかの学」中野坂上編〜幽玄を訪ね今昔を歩く〜が実施されました。当日は、生憎の雨にも関わらず39名方の参加があり、約2.2キロを歩きました。
コースは中野坂上交差点⇒石森製粉所(石臼のモニュメント)⇒石棒様⇒宝仙寺三重塔跡⇒中野氷川神社⇒梅若能楽学院⇒東部区民活動センターでの「中野に像がきた」の紙芝居上演⇒白玉稲荷神社⇒象小屋跡⇒曹洞宗成願寺でした。
成願寺さんに到着した時には雨も上がり、行程の最後に振り返り検定試験+お茶+お菓子(中野氷川神社前の人形焼き)の提供があり、ほっとしてイベントを終了しました。
今回は多くの学びがあったと、たくさんの感謝の言葉を頂きました。

下記写真は、能舞台の前での記念写真です。中央は能楽師の川口様です。

 
   


出発前の様子⇒石臼⇒石棒様⇒三重塔址⇒中野氷川神社

 中野坂上交番裏の「ハーモニービル」前で、実行委員長から「本日のコース」「時間予定」「行程内容」の説明を受けた。そして定時の9:00に出発をしました。
最初に訪れたのは、坂上交差点から2分のところにある石森製粉所跡にある石臼のモニュメントを見学した。神田川水運でまわしていたとしても、その大きさに参加者が驚かれていた。青梅街道に幕末から明治にかけて興った製粉・味噌・醤油・ビール業の由来を学んだ。
出発前委員長から説明 石森製粉所使用の石臼 雨中の石臼説明風景
石棒様(庚申塔)。戦災でチリジリ」になった庚申塔を住民が拾い集めセメントで固めたもの。住民によって綺麗に保たれている。中野区戦災モニュメント 雨の中氷川神社での説明 中野氷川神社
青梅街道製粉・醸造所地図 宝仙寺三重塔跡。戦災で焼けおちるまでここにあった。旧地名の「塔の山」

幽玄の世界に到着

中野の鎮守様「氷川神社」を後にして、梅若能楽院能楽堂に到着。めったに見る事のない能舞台。恐る恐る座る観覧席、雨中行進のためか何故かホツ!して座ったものです。早速能楽師の川口様から、基本的な能に関する基本的内容説明。「そうなのか」「初めて知った」などの声があがり、参加者は熱心に聞き入った。
説明の最後に、川口様から「謡」の披露があり、感動の余韻を残して能楽堂を後にした。
能楽師川口様説明風景 能舞台全景 能楽堂での立ち姿の披露

象の紙芝居を見て

中野に象小屋があったことをご存知だろうか?その内容を記した紙芝居が、中野区東部区民活動センターに保管されている。
中野への象が来た紙芝居 紙芝居

成願寺様に到着

成願寺ご住職の説明 過去帳を見ながら


中野まなVIVAネット